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2026年07月06日
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とりあえず何でもいいから載せる
2009年09月02日
猿凪の子供と子津。+α。
凪さんは看護師さんの設定。
直したかったけどどう直すかわかんなくなってしまったのでもういいや。とりあえず視点飛びすぎすみません。
凪さんは看護師さんの設定。
直したかったけどどう直すかわかんなくなってしまったのでもういいや。とりあえず視点飛びすぎすみません。
その子供にとって、寵を得るべきは母からでもなく父からでもなく、父の友人に過ぎないその人だ。
子供は特別な子供だった。
例えば、指名手配された稀代の猟奇犯罪者が挙句、テレビにまでその顔写真を流されたとしよう。その犯罪者に顔のそっくりなその息子。この犯罪者と息子に対する世間からの感情のプラスとマイナスをそっくり入れ替えた、それが彼の父親と彼に対する社会的な評価だ。
勿論敵意や侮蔑が好意や羨望に代わるが、同情なんかもやっかみに変わってしまう。
ただ、彼が周りの関心を得るのに有用な、『有名人の父親と同じ顔』という武器を持っていたのは確かだ。両親が、親と呼ばれるには若く、その友人たちから「同世代の友人の子」として珍しがられたということもあって、それはもう小さな頃からあらゆるタイプの大人に構われ甘やかされて育っている。
父の友人(親友と呼んでも差し支えないレベル)のその人は、子供をその甘やかしてくれる大人の筆頭格だった。
若くして子供を生んだ癖、それぞれの夢をこれっぽっちも諦めず忙しく立ち働いている両親の代わりによく面倒を見てくれた。実際子供は、一番面倒見られた頃のことは覚えていないけれど、残っている映像記録の録画者は両親以外の近親者を除いても殆ど彼だということを考えると、ある程度の想像はつく。
子供の父と母と同じように、その人だって社会に出たてでしゃかりきに働いているか、もしくは最後の青春を満喫する学生であるべき年だったのだろうけれど、彼は生まれ持った代わりに様々な制約を付けられた『若旦那』という地位と遊びに費やされるはずの『大学生』という時間をフルに利用して、『子育て』をした。
「君は、何より僕の楽しみだったんすよ」
と彼は言う。
それが子供に気を使っているのか、それが本心なのか、子供にはわからない。子供だからだ。
ただ、どちらにしろ――彼が自分を疎んでいないにせよ、気を使ってくれているにしろ――自分が彼の庇護下にあることを確かめて安堵する。彼は子供にとっての、両親に並び立つ唯一無二だ。
いや、執着にだけ限って言えば、両親以上かもしれない。
彼は、難しかった。
大人など扱いなれている(と言えば言葉は悪いが、大人に喜ばれる術を知っている)子供の技術は、母にでも父にでもなく彼に対してだけ不発に終わる。喜んでくれている振りをして、その実冷めている(子供は子供だけに、感情に敏感だ)。
それよりもひょんなところで彼は子供のしたことに喜んでいる。決まって子供が無意識に振舞うことでだ。
子供は自分が装っているそれが「無邪気」とは知らないから、その装いを見抜く彼が本物の「無邪気」に喜ぶことがわからない。
けれど彼は、子供にとって両親に次ぐ庇護者だ。他の誰のことだって手にとってわかるのに、そんな大事な彼だけが自分の予想の範疇外。
これほどの恐怖は、なかった。
だから子供は、注意深く成長する。そのおおきな目で全てを見極めようと、じっと見ることに長ける、それはそれは「らしく」ない子供に変貌を遂げた。
その、どこまでが『彼』の思惑の範疇なのか、やはり子供にはわからない。
「ネズッチュー、あんたはさ、」
体だけはしっかりと礼儀を整え正座をしている癖して、その言葉には礼儀のれの字も含まれていない。その正座も、小さな頃に叩き込まれた癖でしかなかった。
狭い茶室の中、子供は――いや、子供と呼ぶには相応しくなくなった少年はすくすくと育った身を縮ませているように見える。
子津は茶を点てながら、出遭った当時の少年の父親の背丈と今の少年のそれをぼんやり比べていた。
「あんたは、『猿野天国』が育ててみたかっただけなんだよ」
少年に答えたのは子津ではなく、庭の鹿脅しの音だった。
「『猿野天国』にそっくりな顔、『猿野天国』の遺伝子……あんたに重要だったのは、それだったんだ」
「それに怒ってるんすか?」
泡だった抹茶を淹れた茶碗を差し出しながら、困ったような顔で子津が尋ねる。
子供は、やはり体だけは礼儀を守り礼ののちにそれを受け取った。目だけは思い切り、目の前の大人を睨みつけている。
「そんなのが珍しくないことぐらい、わかってるだろ」
「君は、猿野くんの顔をそっくりそのまま持ってるっすからねえ。猿野くんは人気者だし。重ねたい人も、そりゃ、いるんでしょう」
コン、と、今度は鹿脅しではなく、子津の持っている柄杓が火鉢と音を立てた。
「『顔』だけはな」
ここまで言えば怯むかと思っていたのに、子津は困った顔でこちらを見るだけだ。
それは、思い出の中の、自分が駄々を捏ねたときの同じ表情で。しかも、捏ねるだろうとわかりきっている駄々らしく、戸惑ってもいない。困っているだけだ。嫌味はちらとも感じられない。
「でも、俺がそっくりなのは、本当に『顔』だけだ。それがあんたには気に入らなかったみてえだけど」
「僕、そんなこと言ったっすか?」
驚いたように聞き返される。
「それは、勘違いっすよ。何か、言い方が悪かったなら……」
「確かにあんたは口では言わなかったよ! でも!」
ずっと、そう思ってただろう。
それはあまりにも証拠のない、突飛な推論で、言いがかりと同じで口には出せなかった。だから、目にこめる。お前の考えていることなど、俺にはとうにわかっているんだと、少年は睨みつける。
「でも……?」
それでも、子津は聞き返した。
それが、感情に火を点ける。どんと畳におかれて、まだ一口も飲まれていなかった薄茶が零れた。
「あんたは俺が俺である部分を――親父に似てない部分を――ずっと否定してた、言葉じゃなくて態度で。俺が親父のミニチュアみたいに育つように仕向けてたんだ。違うか? あんたは、『猿野天国』が欲しかったんだよ」
「でも、君は『猿野天国』じゃないっすよね?」
当たり前だ!
それは怒りのあまり声にはならなかった。少年は、どうしたらいいかわからなくなってきた。自分が突きつけてやろうとしたことを、全て子津はしっている。知っているなら、何故?
「わかってんなら、なんで」
悔しかった。
零れた茶が、畳に滲みていくのを見ている。まだ食べていない茶菓子の皿も、それは汚した。綺麗な桜の柄だったのに。
「わかってんなら、なんで、早く、早く、諦めてくれなかったんだよ……」
本当は子津の願いがかなえられるなら、それで良かった。『父』になれるなら、それで喜んでくれるなら、よかった。でも願いは叶わない。少年が似ているのは、本当に『顔』だけで。髪は母譲り、性格に至ってはどちらにも似ていない。
――どんなに頑張っても、『猿野天国』に、少年はなれない。
どんなに、子津が仕向けたところで。父にはなれなかった。
それなのに、子津の褒め言葉は決まって「本当に猿野くんにそっくりっすね」だった。いつまでもそうだった。中学に入って、自我が本当の意味で確立し始めて、少年自身が自分の不可能に薄々気付き始めても、子津は繰り返しそう口にした。
「俺が、それで、どんだけ……」
涙声になりそうになるのを必死に堪える。
子津が大事なのは、父だ。少年じゃない。それなのに、少年が子津相手にこんなに必死になるのはフェアじゃないし、とてつもなくプライドが傷つけられる。
この高い矜持も、父にないものだ。
「僕は……」
茶巾が、零れた茶を拭う。ピッチャーだった手が動く。
「確かに、君が猿野くんのようだったら、嬉しいと思ってるっす」
少年は息を飲む。
否定して、ほしかった。子津が少年自身を見ていないという事実を。たとえそれがすぐに嘘だとわかっても。何度言い連ねられたって信じられなくても。
「でも、君は?」
「……え?」
「君は、それでいいんすか?」
子津の手は、少年の父を守り続けた手は、畳を拭い続けている。もう茶は滲みてしまって、拭いきれないだろうに、それでも。
「僕が君に猿野くんであることを望んだ。でも、君は猿野くんじゃない。それは当たり前っすよね。猿野くんにもなれない」
それも当たり前っすよね、と微笑む子津は、少年のよく知る子津だ。泣いたら慰めてくれて、寂しかったら手を握ってくれた、
「それで、君は?」
少年は。
「君は、そこで諦めて、ぐずぐずとしているんすか?」
「……おい、村中」
猿野が障子を開けて息をついているのを、ぽかんと村中は見上げる。その動揺を気にとめず
「行くぞ、出かける」
「え? な、なんだよ一体?」
引っ張られ立たせられた村中は混乱しつつも、一度その手を振り払った。
「どこ行くんだよ? オレ、お前と約束してねえぞ?」
短く刈った父親譲りの金色の髪をかき回し、胡坐をかいて目の前の畳を叩く。ともかく座れという合図だ。
渋々と猿野が腰を降ろした。
「……アメリカ」
「お?」
「でなかったら大阪でも譲ってや……いや、アメリカ、やっぱりアメリカだ。メジャー行くぞ」
「メジャーって、野球?」
「以外の何があんだよ」
ぽかんと、部屋に乱入されたときより大きく、村中は口を開ける。大きな目も瞠った。
「いや、だってお前」
「んだよ」
「野球やったことねえじゃん」
親父と一緒のことはやりたくねえとか言ってビリヤードやってたじゃん。オレ散々野球に誘ったぞ。
「今からやんだよ。で、親父になるどころか追い抜いて、追い抜きまくってけちょんけちょんにしてから『この程度かよ、ざまあねえな』つってやる」
「……んまあ、楽しそうだし、いいけどよー」
「まずうちの伯父さんとこ駆け込んでパスポート申請して、降りるまでの間は牛尾さん家に匿ってもらって、そのあとアメリカに行く」
「で?」
「1年でメジャー入る。で、そこから3年以内には親父を倒す」
「おー! 面白ぇな! 映画みてえ!」
村中が目をきらきらさせながら立ち上がる。猿野も立ち上がって、二人は拳を合わせた。
ちょうど茶と茶菓子を用意してきた由太郎にはそれらすべてが聞こえていた。それでなくとも子供たちの声は大きかったし、家のどこにいてもこの誓いの雄たけびは聞こえてきていただろう。そっかー、子供ってえのは、面白ぇこと考えるなあ、と。どうやら自分たちには内緒の計画らしいので、由太郎は持ってきた茶を襖の前に置いてひそかに立ち去る。
そういえば、天国が野球を始めたのは、今の息子たちの年だろう。スタート地点も一緒なんて、わかりやすくていい。
いつか来る挑戦の日を思って、由太郎は親としてでなく、一選手としてくっと胸を湧き上がらせた。
にじり口を素直にくぐるのも嫌だったのか、戸板を蹴倒して少年は立ち去った。父か、伯父譲りの怪力だ。あーあ、と、さほど驚きもせず子津が呟いた。
「あーあ、じゃねえよ」
反対側の、母屋に通じる廊下の向こうから声がした。
子津は障子を開ける。天国が胡坐を掻いて、そこに座っていた。立ったままの子津を見上げる。
「イヤン、ネズッチューったら鬼畜キャラ☆ 高校時代になかった渋みに明美ドキドキしちゃったゾ☆」
(凶器通り越して兵器来ちゃった~)
高校のときのも大概に悪趣味だったが、もう40になろうという男がやろうものなら、これはテロだ。
「誰のせいだと思ってるんすか」
「え~、政治のせい?」
「なんでも政治と世間のせいにすればいいってもんじゃないっすよ!」
まったくもう、とぶつくさ言いながら、子津も天国の隣に腰を降ろす。
「な~んちゃって、お前のせいじゃん、全部」
座った途端、さきほどよりかは幾分真面目な声音で言われて、思わず苦笑してしまった。
「だって、あの子が生まれたときに「テメエに全部任せる」つったのは猿野くんすよ?」
「そーだよ。だからあいつがグレたのも俺を嫌いなのも性格がクソ親父そっくりなのも全部お前のせい」
「猿野くんが嫌われているのはそのギャグ体質のせいっすし、さすがの僕も殆ど会ったことのない猿野くんのお父さんそっくりに意図しては育てられないっす。それにあの子グレてないっすよ」
「グレグレじゃん。部屋破壊までしやがって。いいのかよ、あれ」
「ちょうど張りなおそうと思ってたんすよ。むしろ手間が省けて良かったっす。あと、あれくらいでグレてるなんて言わないっすよ。むしろ猿野くんの高校のときよりもよっぽど可愛いじゃないっすか」
「ねじりパンぐらいねじれてんぞその記憶。あの頃の俺の可愛さっつったら」
「ああ、建物より人的被害だったっすね」
しらっと言い切る子津に、「ネズッチューこそ昔の方が驚きキャラ可愛かったなあ」という言葉とともにありえなかった「可愛い」過去を回想してみせ、ツッコミをいれられて、天国はふう、と一息つく。
「あのガキ、チームプレイにゃ向いてねえって、わかってんだろ?」
廊下の壁を眺めながら言う。茶室からの障子越しの光で、薄い影が出来ていた。
こういう、親の顔しているところを一度でもあの子に見せてやればいいのに。子津は苦笑を、無理やりに抑えた。
「さあ、どうすかね」
「どうもクソもねえよ。親父もあの性格で墓穴掘ってきっかけはなんにしろ最後にはあれだろうが。黄泉だって、鵙来さんたちがいなきゃどうなってたかわかったもんじゃねえ。おんなじ目に合わせる気かよ」
「猿野くんの方が、よっぽどお父さんにそっくりじゃないっすか」
ドキリとして天国は子津に目をやる。ちらりと、子津も天国を見る。
そして、言った。
「生え際とか」
「ギャアアア! 忌わしいこと口にしてんじゃねえよ!」
天国が喚いて、守るように両手を頭にやる。高校のときこそ、散々子津を「禿るぞ」とからかう余裕もあったが、自分の額の面積が最近、確実に広がっている。髪のことは個人的な禁句になっていた。
そんな天国を見ながら昔はしなかったような意地の悪い笑顔を浮かべていた子津が、ふと表情を変えた。
「あの子の可能性を、閉じ込める気っすか?」
ぴたりと、天国も喚くのをやめる。
「あの子に野球が合わないってことを決め付けることは……それは、昔、黄泉さんだけを連れて猿野くんを連れていかなかったお父さんと、どう違うんすか?」
「……」
「わざと、自分からすら遠ざけて。そんなに、野球をやらせたくなかった? あの子が、一度野球に見放されたお父さんとそっくりだから?」
「……」
「ふふ、誰が過保護だか、わかったもんじゃないっすね」
バツの悪い表情を作っているのだろう、天国は俯いている。子津はそれがわかっていて、先を続けた。
「僕はねえ、純粋な興味で、誰のためでもなく、見てみたいんすよ」
滑らかな絹のような声だ。板張りの廊下に淡々と響く。
天国は、胡坐の両足裏を合わせる手を、ぎゅっと握り締めた。
「君のお父さんがぶつかってしまった壁を、黄泉さんが鵙来さんの助けを借りて乗り越えた壁を、あの子が乗り越える背を見てみたいんす。それが、望みなんっすよ」
うつむいたまま、天国は聞いている。子津がこういうときに、どういう顔をしているのか天国は知っている。たいそうに甘い顔で、微笑んでいるのだ。いつかの自分を、見ていたのと同じ顔だ。
「それだけが、望みなんすよ」
子供は特別な子供だった。
例えば、指名手配された稀代の猟奇犯罪者が挙句、テレビにまでその顔写真を流されたとしよう。その犯罪者に顔のそっくりなその息子。この犯罪者と息子に対する世間からの感情のプラスとマイナスをそっくり入れ替えた、それが彼の父親と彼に対する社会的な評価だ。
勿論敵意や侮蔑が好意や羨望に代わるが、同情なんかもやっかみに変わってしまう。
ただ、彼が周りの関心を得るのに有用な、『有名人の父親と同じ顔』という武器を持っていたのは確かだ。両親が、親と呼ばれるには若く、その友人たちから「同世代の友人の子」として珍しがられたということもあって、それはもう小さな頃からあらゆるタイプの大人に構われ甘やかされて育っている。
父の友人(親友と呼んでも差し支えないレベル)のその人は、子供をその甘やかしてくれる大人の筆頭格だった。
若くして子供を生んだ癖、それぞれの夢をこれっぽっちも諦めず忙しく立ち働いている両親の代わりによく面倒を見てくれた。実際子供は、一番面倒見られた頃のことは覚えていないけれど、残っている映像記録の録画者は両親以外の近親者を除いても殆ど彼だということを考えると、ある程度の想像はつく。
子供の父と母と同じように、その人だって社会に出たてでしゃかりきに働いているか、もしくは最後の青春を満喫する学生であるべき年だったのだろうけれど、彼は生まれ持った代わりに様々な制約を付けられた『若旦那』という地位と遊びに費やされるはずの『大学生』という時間をフルに利用して、『子育て』をした。
「君は、何より僕の楽しみだったんすよ」
と彼は言う。
それが子供に気を使っているのか、それが本心なのか、子供にはわからない。子供だからだ。
ただ、どちらにしろ――彼が自分を疎んでいないにせよ、気を使ってくれているにしろ――自分が彼の庇護下にあることを確かめて安堵する。彼は子供にとっての、両親に並び立つ唯一無二だ。
いや、執着にだけ限って言えば、両親以上かもしれない。
彼は、難しかった。
大人など扱いなれている(と言えば言葉は悪いが、大人に喜ばれる術を知っている)子供の技術は、母にでも父にでもなく彼に対してだけ不発に終わる。喜んでくれている振りをして、その実冷めている(子供は子供だけに、感情に敏感だ)。
それよりもひょんなところで彼は子供のしたことに喜んでいる。決まって子供が無意識に振舞うことでだ。
子供は自分が装っているそれが「無邪気」とは知らないから、その装いを見抜く彼が本物の「無邪気」に喜ぶことがわからない。
けれど彼は、子供にとって両親に次ぐ庇護者だ。他の誰のことだって手にとってわかるのに、そんな大事な彼だけが自分の予想の範疇外。
これほどの恐怖は、なかった。
だから子供は、注意深く成長する。そのおおきな目で全てを見極めようと、じっと見ることに長ける、それはそれは「らしく」ない子供に変貌を遂げた。
その、どこまでが『彼』の思惑の範疇なのか、やはり子供にはわからない。
「ネズッチュー、あんたはさ、」
体だけはしっかりと礼儀を整え正座をしている癖して、その言葉には礼儀のれの字も含まれていない。その正座も、小さな頃に叩き込まれた癖でしかなかった。
狭い茶室の中、子供は――いや、子供と呼ぶには相応しくなくなった少年はすくすくと育った身を縮ませているように見える。
子津は茶を点てながら、出遭った当時の少年の父親の背丈と今の少年のそれをぼんやり比べていた。
「あんたは、『猿野天国』が育ててみたかっただけなんだよ」
少年に答えたのは子津ではなく、庭の鹿脅しの音だった。
「『猿野天国』にそっくりな顔、『猿野天国』の遺伝子……あんたに重要だったのは、それだったんだ」
「それに怒ってるんすか?」
泡だった抹茶を淹れた茶碗を差し出しながら、困ったような顔で子津が尋ねる。
子供は、やはり体だけは礼儀を守り礼ののちにそれを受け取った。目だけは思い切り、目の前の大人を睨みつけている。
「そんなのが珍しくないことぐらい、わかってるだろ」
「君は、猿野くんの顔をそっくりそのまま持ってるっすからねえ。猿野くんは人気者だし。重ねたい人も、そりゃ、いるんでしょう」
コン、と、今度は鹿脅しではなく、子津の持っている柄杓が火鉢と音を立てた。
「『顔』だけはな」
ここまで言えば怯むかと思っていたのに、子津は困った顔でこちらを見るだけだ。
それは、思い出の中の、自分が駄々を捏ねたときの同じ表情で。しかも、捏ねるだろうとわかりきっている駄々らしく、戸惑ってもいない。困っているだけだ。嫌味はちらとも感じられない。
「でも、俺がそっくりなのは、本当に『顔』だけだ。それがあんたには気に入らなかったみてえだけど」
「僕、そんなこと言ったっすか?」
驚いたように聞き返される。
「それは、勘違いっすよ。何か、言い方が悪かったなら……」
「確かにあんたは口では言わなかったよ! でも!」
ずっと、そう思ってただろう。
それはあまりにも証拠のない、突飛な推論で、言いがかりと同じで口には出せなかった。だから、目にこめる。お前の考えていることなど、俺にはとうにわかっているんだと、少年は睨みつける。
「でも……?」
それでも、子津は聞き返した。
それが、感情に火を点ける。どんと畳におかれて、まだ一口も飲まれていなかった薄茶が零れた。
「あんたは俺が俺である部分を――親父に似てない部分を――ずっと否定してた、言葉じゃなくて態度で。俺が親父のミニチュアみたいに育つように仕向けてたんだ。違うか? あんたは、『猿野天国』が欲しかったんだよ」
「でも、君は『猿野天国』じゃないっすよね?」
当たり前だ!
それは怒りのあまり声にはならなかった。少年は、どうしたらいいかわからなくなってきた。自分が突きつけてやろうとしたことを、全て子津はしっている。知っているなら、何故?
「わかってんなら、なんで」
悔しかった。
零れた茶が、畳に滲みていくのを見ている。まだ食べていない茶菓子の皿も、それは汚した。綺麗な桜の柄だったのに。
「わかってんなら、なんで、早く、早く、諦めてくれなかったんだよ……」
本当は子津の願いがかなえられるなら、それで良かった。『父』になれるなら、それで喜んでくれるなら、よかった。でも願いは叶わない。少年が似ているのは、本当に『顔』だけで。髪は母譲り、性格に至ってはどちらにも似ていない。
――どんなに頑張っても、『猿野天国』に、少年はなれない。
どんなに、子津が仕向けたところで。父にはなれなかった。
それなのに、子津の褒め言葉は決まって「本当に猿野くんにそっくりっすね」だった。いつまでもそうだった。中学に入って、自我が本当の意味で確立し始めて、少年自身が自分の不可能に薄々気付き始めても、子津は繰り返しそう口にした。
「俺が、それで、どんだけ……」
涙声になりそうになるのを必死に堪える。
子津が大事なのは、父だ。少年じゃない。それなのに、少年が子津相手にこんなに必死になるのはフェアじゃないし、とてつもなくプライドが傷つけられる。
この高い矜持も、父にないものだ。
「僕は……」
茶巾が、零れた茶を拭う。ピッチャーだった手が動く。
「確かに、君が猿野くんのようだったら、嬉しいと思ってるっす」
少年は息を飲む。
否定して、ほしかった。子津が少年自身を見ていないという事実を。たとえそれがすぐに嘘だとわかっても。何度言い連ねられたって信じられなくても。
「でも、君は?」
「……え?」
「君は、それでいいんすか?」
子津の手は、少年の父を守り続けた手は、畳を拭い続けている。もう茶は滲みてしまって、拭いきれないだろうに、それでも。
「僕が君に猿野くんであることを望んだ。でも、君は猿野くんじゃない。それは当たり前っすよね。猿野くんにもなれない」
それも当たり前っすよね、と微笑む子津は、少年のよく知る子津だ。泣いたら慰めてくれて、寂しかったら手を握ってくれた、
「それで、君は?」
少年は。
「君は、そこで諦めて、ぐずぐずとしているんすか?」
「……おい、村中」
猿野が障子を開けて息をついているのを、ぽかんと村中は見上げる。その動揺を気にとめず
「行くぞ、出かける」
「え? な、なんだよ一体?」
引っ張られ立たせられた村中は混乱しつつも、一度その手を振り払った。
「どこ行くんだよ? オレ、お前と約束してねえぞ?」
短く刈った父親譲りの金色の髪をかき回し、胡坐をかいて目の前の畳を叩く。ともかく座れという合図だ。
渋々と猿野が腰を降ろした。
「……アメリカ」
「お?」
「でなかったら大阪でも譲ってや……いや、アメリカ、やっぱりアメリカだ。メジャー行くぞ」
「メジャーって、野球?」
「以外の何があんだよ」
ぽかんと、部屋に乱入されたときより大きく、村中は口を開ける。大きな目も瞠った。
「いや、だってお前」
「んだよ」
「野球やったことねえじゃん」
親父と一緒のことはやりたくねえとか言ってビリヤードやってたじゃん。オレ散々野球に誘ったぞ。
「今からやんだよ。で、親父になるどころか追い抜いて、追い抜きまくってけちょんけちょんにしてから『この程度かよ、ざまあねえな』つってやる」
「……んまあ、楽しそうだし、いいけどよー」
「まずうちの伯父さんとこ駆け込んでパスポート申請して、降りるまでの間は牛尾さん家に匿ってもらって、そのあとアメリカに行く」
「で?」
「1年でメジャー入る。で、そこから3年以内には親父を倒す」
「おー! 面白ぇな! 映画みてえ!」
村中が目をきらきらさせながら立ち上がる。猿野も立ち上がって、二人は拳を合わせた。
ちょうど茶と茶菓子を用意してきた由太郎にはそれらすべてが聞こえていた。それでなくとも子供たちの声は大きかったし、家のどこにいてもこの誓いの雄たけびは聞こえてきていただろう。そっかー、子供ってえのは、面白ぇこと考えるなあ、と。どうやら自分たちには内緒の計画らしいので、由太郎は持ってきた茶を襖の前に置いてひそかに立ち去る。
そういえば、天国が野球を始めたのは、今の息子たちの年だろう。スタート地点も一緒なんて、わかりやすくていい。
いつか来る挑戦の日を思って、由太郎は親としてでなく、一選手としてくっと胸を湧き上がらせた。
にじり口を素直にくぐるのも嫌だったのか、戸板を蹴倒して少年は立ち去った。父か、伯父譲りの怪力だ。あーあ、と、さほど驚きもせず子津が呟いた。
「あーあ、じゃねえよ」
反対側の、母屋に通じる廊下の向こうから声がした。
子津は障子を開ける。天国が胡坐を掻いて、そこに座っていた。立ったままの子津を見上げる。
「イヤン、ネズッチューったら鬼畜キャラ☆ 高校時代になかった渋みに明美ドキドキしちゃったゾ☆」
(凶器通り越して兵器来ちゃった~)
高校のときのも大概に悪趣味だったが、もう40になろうという男がやろうものなら、これはテロだ。
「誰のせいだと思ってるんすか」
「え~、政治のせい?」
「なんでも政治と世間のせいにすればいいってもんじゃないっすよ!」
まったくもう、とぶつくさ言いながら、子津も天国の隣に腰を降ろす。
「な~んちゃって、お前のせいじゃん、全部」
座った途端、さきほどよりかは幾分真面目な声音で言われて、思わず苦笑してしまった。
「だって、あの子が生まれたときに「テメエに全部任せる」つったのは猿野くんすよ?」
「そーだよ。だからあいつがグレたのも俺を嫌いなのも性格がクソ親父そっくりなのも全部お前のせい」
「猿野くんが嫌われているのはそのギャグ体質のせいっすし、さすがの僕も殆ど会ったことのない猿野くんのお父さんそっくりに意図しては育てられないっす。それにあの子グレてないっすよ」
「グレグレじゃん。部屋破壊までしやがって。いいのかよ、あれ」
「ちょうど張りなおそうと思ってたんすよ。むしろ手間が省けて良かったっす。あと、あれくらいでグレてるなんて言わないっすよ。むしろ猿野くんの高校のときよりもよっぽど可愛いじゃないっすか」
「ねじりパンぐらいねじれてんぞその記憶。あの頃の俺の可愛さっつったら」
「ああ、建物より人的被害だったっすね」
しらっと言い切る子津に、「ネズッチューこそ昔の方が驚きキャラ可愛かったなあ」という言葉とともにありえなかった「可愛い」過去を回想してみせ、ツッコミをいれられて、天国はふう、と一息つく。
「あのガキ、チームプレイにゃ向いてねえって、わかってんだろ?」
廊下の壁を眺めながら言う。茶室からの障子越しの光で、薄い影が出来ていた。
こういう、親の顔しているところを一度でもあの子に見せてやればいいのに。子津は苦笑を、無理やりに抑えた。
「さあ、どうすかね」
「どうもクソもねえよ。親父もあの性格で墓穴掘ってきっかけはなんにしろ最後にはあれだろうが。黄泉だって、鵙来さんたちがいなきゃどうなってたかわかったもんじゃねえ。おんなじ目に合わせる気かよ」
「猿野くんの方が、よっぽどお父さんにそっくりじゃないっすか」
ドキリとして天国は子津に目をやる。ちらりと、子津も天国を見る。
そして、言った。
「生え際とか」
「ギャアアア! 忌わしいこと口にしてんじゃねえよ!」
天国が喚いて、守るように両手を頭にやる。高校のときこそ、散々子津を「禿るぞ」とからかう余裕もあったが、自分の額の面積が最近、確実に広がっている。髪のことは個人的な禁句になっていた。
そんな天国を見ながら昔はしなかったような意地の悪い笑顔を浮かべていた子津が、ふと表情を変えた。
「あの子の可能性を、閉じ込める気っすか?」
ぴたりと、天国も喚くのをやめる。
「あの子に野球が合わないってことを決め付けることは……それは、昔、黄泉さんだけを連れて猿野くんを連れていかなかったお父さんと、どう違うんすか?」
「……」
「わざと、自分からすら遠ざけて。そんなに、野球をやらせたくなかった? あの子が、一度野球に見放されたお父さんとそっくりだから?」
「……」
「ふふ、誰が過保護だか、わかったもんじゃないっすね」
バツの悪い表情を作っているのだろう、天国は俯いている。子津はそれがわかっていて、先を続けた。
「僕はねえ、純粋な興味で、誰のためでもなく、見てみたいんすよ」
滑らかな絹のような声だ。板張りの廊下に淡々と響く。
天国は、胡坐の両足裏を合わせる手を、ぎゅっと握り締めた。
「君のお父さんがぶつかってしまった壁を、黄泉さんが鵙来さんの助けを借りて乗り越えた壁を、あの子が乗り越える背を見てみたいんす。それが、望みなんっすよ」
うつむいたまま、天国は聞いている。子津がこういうときに、どういう顔をしているのか天国は知っている。たいそうに甘い顔で、微笑んでいるのだ。いつかの自分を、見ていたのと同じ顔だ。
「それだけが、望みなんすよ」
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子供ネタは設定だけでも色々浮かんできます。大好きなんです。